『廃用身』ドキッとする発想、そうだよなと思わせる不気味さ介護の現場

映画『廃用身』ポスター 映画館

ーネタバレを含みますー

いかにも原作者が医師だということが感ぜられる、感情に流されない理論的展開と深い洞察。そして、その根底にある老いと介護という問題、かつてはその担い手は家族であった、高齢化社会を迎え家族だけでは限界が、そこででてきた公的介護とその現実いつかは自分の番が

考えたこともない発想

介護の資格をとり、訪問介護、介護施設、ディサービスと現場経験のある私は、この言葉を知らなかった。

資格をとる学校でも現場でも聞いたことがなかった

廃用身」という言葉は、この映画の原作者の造語で

正確には「廃用症候群」というらしい

確かに、動かなくなった手足は、介護をする方もされる方も重荷でしかない。

だからといって即切断とはならないのですが。

そこを映画は、すっとその境界をこえてしまう。

それを実行する若い医師

本人はそこに至る発想のメカニズムが、最初はわからない

しかし、終盤それが理解できたとき。

自らの命を立つ

医師の幼少期

そこには、サディズムが存在する。

それはその多くが性的興奮をともなうもので

この医師は、それが昆虫に向かうエピソードが語られる。

この事自体は、誰にでもあり得ることで

成長に従って、それが矯正されるのが普通なんですが

その生育過程において、矯正されずに大人になる人も

それらの衝動が社会的問題行動にならなければいいのですが

この医師は、患者にたいする「廃用身」という発想にたどり着く

この医師は、患者に対して非常に熱心

自分でも患者のためと思い至った考え。

しかし、社会問題化したことで、自らの問題と認識してしまう。

それも普通の人は、少しづつ矯正される問題にいっぺんに向き合う。

本人は、その事実を受け止めきれないし

すでに行動に移してしまった。

自我の崩壊

彼の死を選ぶ方法も「廃用身」概念から

自らのいらない、無用な部分を切断するという

残酷な方法を選ぶ

これが、映画を観て私がたどり着いた結論。

漁師

それでも待ってはくれない介護の現場

高齢化社会が、急激に進み

高齢者の人口は増え続ける。

とくに団塊の世代が、後期高齢者となる今後5〜10年間は

どう考えても介護を必要とする人は増え続けるわけで

だけど、いままでよりこれからのほうが介護サービスを受けづらい

国に潤沢な予算もなく

介護の担い手もへり

特に訪問介護は、その公的援助が減り倒産する会社が増えている。

そう、受けたくても受けられない現実が

しかし、映画でもわかるように家族による介護は限界がある。

そんな現実が、今の状況でどうなってしまうのか

でも、まだ公的介護は機能している

いつかは自分の問題

とにかく、家族だけで抱え込まない

できる限りの援助を調べる。

たとえば、認知症の症状が出たらもう家族だけでは無理ということとなる。

入れる施設はない

ここで諦めず、地方で意外と入れるところがあったりする。

諦めずに、使える制度を最大限に使うことだ。

まだ、介護制度は崩壊していないのだから

映画『廃用身』公式サイト:https://haiyoshin.com/

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