団地と言う呼び名はどこか心が締め付けられる思いがします。そう、経済の発展の象徴であり、衰退の遺産であり。パリ郊外の実在の団地を舞台に繰り広げられるドラマ。どこか懐かしさと郷愁、そう確かに私達は、同じ方向を見ていた時があったと。
公営住宅という郷愁
そこには、時代を反映しています。
パリ郊外に1960年代に作られた公営住宅、ガガーリン団地。
そうソ連の宇宙飛行士の名前から命名された団地。
そこは、日本でも同じですが、希望と繁栄前夜の住人が。
そして彼らは、それぞれ他に住宅を手に入れるもの。
ある程度の収入を得て、ほかに移るもの。
この図式は、日本もフランスも同じようですね。
日本だと足立区あたりの巨大団地群を想像するのですが。
まずは、公営住宅を足掛かりに人生設計ができた時代。
国の経済が上向きの時に見られる図式なのですが。
取り残されたガガーリン団地
やがて、経済は成長を止める時が来ます。
住人は、フランス人から、移民や低所得層中心に変わってゆきます。
このあたりからが、映画の舞台となるのですが。
老朽化した団地は、2024年のオリンピックの為に取り壊されることに。
主人公は、16歳のアフリカ系移民の少年。
彼が、取り壊される団地を必死に守ろうとします。
その発想と彼の行動が、映画にファンタジーをくれます。
わずかな希望を抱かせてくれる、心憎い演出。
団地に住む住人は、ロマ(ジプシー)であったり、移民や低所得層の人々。
フランス社会の底辺からの叫び声が、聞こえてきます。
ああフランスと言う社会は、カースト社会なのだと。
殺伐とした風景の中から、映画は上手くわずかな希望を演出してくれます。
このあたりが、なかなか心憎い。
日本でも同じですが、オリンピックの為に取り壊される団地。
そこには、数えきれないドラマが存在することを改めて感じます。
そうまでして、オリンピックってやらないといけないのかな。
取り壊されるドラマが、妙に懐かしさをいとおしさを感じさせます。
何が大事なのか。
作品が小さな希望を残してくれるのが、わずかな救いです。
映画『ガガーリン』公式サイト:http://gagarine-japan.com/
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