何がラッキーなのか、映画『ラッキー』人生そう捨てたもんじゃない

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孤独と向き合うということ

人生誰でも歳をとり老いて行く。

避けることは出来ないし、逃げることもできない

老いを前にして自ら命を絶つか、あるいは病気・事故で亡くなるかしない限り誰にでも平等に訪れる。

そんな時あなたならどうしますが。

家族がまだいて何となく紛らわせるものがある。

あるいは、あまり考えない。

仏教徒なら来世を信じる

キリスト教徒なら復活の時を信じて神に委ねる

しかし、映画の主人公ラッキーは無神論者で独身のまま一人で老後を過ごしている

偏屈老人ラッキーが死と向き合う様子

静かに一人の生活を送りつつ死を迎えようとしている。

逃げ隠れもできない。

どうにもならない、誰も死から逃れられないのだから

そんな老人の日々の生活を淡々とカメラは追いかけて行く

誰でも、死が怖い。

よく私は死ぬことは怖くないと言う人がいるが、それは嘘だ。

誰でも死は怖い、それが普通の人間の感情だ

特にラッキーの様に無神論者である者にとっては、死というものは無であることなのだから。

じゃあ今までの人生は何だったのかと言う問いは必ず出てくるはずで。

そう考えると人生とははかないものである。

だから、この映画は、自らの死と向き合う孤独な老人の姿を映し出しているだけだ。

人生の終わりに見えるもの。

誰にもその瞬間は訪れる。

若いうちは考えもしなかった時が現実となる瞬間が。

映像は、そこに向かう老人の姿を静かに見守っている。

実に映像は静かで、老人の単調な生活を延々と描いている

そこには、力みも下心もない、人として生きてきた証を胸に抱いて日々を送る姿に何か安心感を覚えてしまう。

そう、仕方のない事なのだ、精一杯自らの人生を生きそして終わりへと向かっている

ただ、借り物でない人生を送ってきた者だけが手にすることの出来る深みがそこには確かにある

ラッキーはこうして死を迎えてゆくのだが。

果たして私は、どんな風に自らの死を迎えてゆくのだろう。

逃げることはできない。

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