ビートたけしと北野武
もちろん同一人物だが、その傑出した才能には驚かされます。
1947年東京都足立区に生まれ、明治大学中退後いくつかの職というかアルバイト的な職を転々としながら、映画監督若松孝二、中上健次らとの親交を深める。
1972年浅草のストリップ小屋フランス座で芸人見習いとしてお笑いの世界に入る、紆余曲折を経て漫才コンビ「ツービート」として、その後1980年から始まる漫才ブームで一躍売れっ子になったのは周知の通りである、芸名は、ビートたけし。
あふれんばかりの才能は、ブームが去った後も輝いていた。
やがて、お笑いやテレビのパーソナリティにあきたらず、本名北野武の名で映画作品を発表する。
しかし、海外ではその評価は高いものの、国内での興業成績は今一つの時代が続く。
その中で『ソナチネ』は、4作目1993年作で、興業成績が振るわないため僅か2週目で打ち切りとなってしまったいわくつきの作品です。
今回、国立映画アーカイブ、「松竹映画100年」の企画で上映されました。
改めて、この映画は傑作です。
彼の才能を余すことなく、映像にぶつけてます。
映画の持つ緊張感が画面から伝わってきます。
見ていて、何だろうこの感覚はと思ったのですが。
そう、韓国映画の傑作をみているときに感じる感覚というか。
良い作品というのは、緊張感がありますね。
いま、これを出せる監督が日本にどれだけいるでしょう、浮かんでこないですね。
間違いなく、日本映画の巨匠達、溝口健二、小津安二郎、黒澤明に続く存在として彼の名前が挙げられるのではないでしょうか。
1994年のバイク事故により生死をさ迷う
このころの、北野武の心のありようが1993年発表の『ソナチネ』にはよく現れているのではないでしょうか。
それは、厭世感というほど優しいものではなくて、まさに自らの死への渇望とでもいえるのでは。
1986年に講談社で起こした、「フライデー襲撃事件」その後謹慎期間を経て復帰をするのですが、公私ともに鬱々とさせる期間であったことが、『ソナチネ』からもうかがえます。
映画のラストで、自らのこめかみにピストルを放つシーンに彼のその頃の心情のすべてが込められている気がするのですが。
長い人生そんな時期もあるだろうなという思いはするのですが。
彼の場合、もっと根本的とところに大きな空洞を抱えているように思えてならない。
それを埋めようとする作業が彼の作品に対するエネルギーになっているような気がするのですが。
功なり名をなした彼が今後どんなことを
もがきつくした感のある、北野武。
最近は、映画を撮ることもなく、テレビでは相変わらず存在感を表しているのですが。
そろそろ、落ち着いた晩年を迎えているのなら良いのですが。
出来れば、新たな北野武の作品が見てみたいですね。
戦後生まれ、高度成長期を経験して、何処にたどり着いたのか、たどり着いた先はどうだったのか、教えてほしいですね。
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