映画『二十歳の息子』ゲイの男性が二十歳の男の子を養子にする。

映画『二十歳の息子』ポスター 映画館

ーネタバレを含みますー

映画『二十歳の息子』イスラム世界では、美少年を養育して面倒を見るという習慣がある。特に有名なのが、アフガニスタン。そう簡単に言えば少年愛なのである。そんな図式ならこの映画も理解できるのだけど、製作者の意図はそうではないらしい、不自然さを抱いてしまう。

青年は養護施設育ち

方やゲイの男性は、養護施設の子供たちを支援するNPOの代表。

この二人のアパートでの共同生活からドキュメントは、始まる。

青年は一年で、出てゆくのですが。

なぜか、判然としないドキュメント。

まず、ゲイの四十代男性が、二十歳の青年と養子縁組をするということ。

これって、異性愛者の40代男性が、二十歳の女性を養子縁組するのと同じ事。

そして、アパートの寝室は別だけど、同じ部屋で生活する。

どこか変だと思うのは、私だけだろうか。

青年は、異性愛者。

映画では、四十代の男性はこの青年が好きだと言っている場面がある

これだとわかりやすい

そう、ゲイの男性が若い好きな子と生活する、だけど肉体関係はない。

だけど、映画の方向性は、そうではないみたいで。

人間の崇高な思いを見てほしい。

これ、監督の言葉。

偶然、上演後トークショーがあり監督がいたので。

終了後、ロビーで監督を捕まえて、先の私の疑問をぶつけた時の答え。

確かに、男性は青年が好きだと映画の中で言っているが、その後ろの崇高な思いを感じ取ってほしいと」

私には、そのほうが、難しいなと思うのですが。

別に、私はゲイで、NPOの支援で知り合った青年が好きだ、彼の成長を手助けしたい、できればそばに置いて。

この方が、自然だと思うのですが

追い込み方の足りない作風

そう、ゲイの男性の思いもしっかり出てこない。

一年で、出てしまう青年の思いも何一つ語られない。

いや、表向きはそれなりの理由は言って入るが。

ゲイの男性は、NPOの会議で、彼の発言で会が紛糾する場面がある。

だけど、なんの問題で紛糾してるのか、こちらに知らされない。

これでは、このゲイの男性の思いが何も見えてこない

なにか、崇高な理論を言っているのはなんとなくわかるのだか、それ以上は見えてこない。

監督は、納得ゆくまで彼をとったのだろうか。

彼の言いたいことにどこまで付き合ったのだろうか。

中途半端におわる。

そう、追い込み方がたりないのだ。

だから、映像に説得力がない。

一年で出てゆく青年

彼は、養護施設で育ち現在に至る。

彼についても描き足りない。

というか、ドキュメントなのに追い込んで、撮影しない。

どうも、警察のご厄介に何度かなっている。

大人しい、礼儀正しい青年だが。

その裏側を何も描けてない。

これでは、何も判断しようがない。

芸能界で生きてゆくと、夜の街でバイトをする青年。

過去も含め今までを明らかにしないと、彼を理解できない。

人間は、そう簡単なものではない。

この青年には、語れない何かがあることは推測できるが、最後までわからない。

なんで、異性愛者でありながらゲイの男性と養子縁組したのか

彼の声から聞きたい

追い込めば追い込むほど、ドロドロしたものが出てきそうな気がする

それこそが、ドキュメントだとおもうのだが。

その先にある崇高な精神に目をやってほしい」ということなのだろうか。

無理がある

映画『二十歳の息子』公式サイト:https://hatachi.brighthorse-film.com/#modal

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