ケン・ローチ監督『家族を想うとき』、イギリス社会はまだ恵まれてる

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ケン・ローチ監督

イギリスの社会派の映画監督と言われていますが、彼の作品はその多くがイギリスの庶民を描いた作品が多いです。

初期の代表作に「ケス」という作品がありますが、孤独な少年の物語です。

彼は鷹を飼うことで、唯一の友人を得るのですが、その鷹を実の兄に殺されてしまいます。

悲しいストーリーなのですが、少年の目を通した大人社会の矛盾、イギリス社会における庶民の日常生活がよく描かれております。

「ケス」は1969年の作品です。

そのケン・ローチ監督が、2016年の「わたしは、ダニエル・ブレイク」以来の作品が、本作「家族を想うとき」になります。

現代のイギリスの庶民の生活は過酷なの?

本作品では、イギリスの最底辺ではないですが、一つの貧しいとまでは行かないが、生活に余裕のない一家(4人家族)の生活が描かれております。

両親は、一度失ったマイホームをもう一度手に入れるべく奮闘するのですが、無理はやがて家族に家庭生活に大きく影を落としてきます。

映画のラストは、安易な幕切れではないのが見るものに家族、家庭の在り方を問いかけます。

そして、現代のイギリスの抱えている問題、庶民の生活がどんなものかを垣間見ることができます。

いや、イギリスの抱える問題というよりも、私たちの抱える問題といった方がいいのか、現代の社会とどう向き合うべきかを考えさせてくれます。

こんなに絆の強い家族ってうらやましいよな

長女は12歳明るくて家族思い、父親との仲もよくて活発な子、母親のいない時も家事をこなすし、ただ、両親が仕事で不在の時が多く、精神的に不安定。

長男は、16歳成績優秀であるが、大学出ても満足な仕事に就けない現実に不満をつのらせてる。

母親は、介護職として訪問介護をしているが、利用者のことを案ずるあまり、オーバーワークになりがちである。

父親は、一度失ったマイホームを手に入れるために、フランチャイズの運送業をはじめ、1日16時間週6日働き、二年で家を手に入れようとしている。

そりゃ、こんな無理続かないわな

というのが、映画を見た私の感想です。 確かに現代社会の矛盾を鋭く描き出すのは、さすがケン・ローチとうなずかされます。

とくに、父親の働く運送業の配送センター長は、まさにAIが人間の皮かぶったとしか思えない、非情さにあふれています。

しかし、こんな人間は、昔からもいたし現代でも幾つかの企業で見聞きしますよね。

つい最近(2019年)AMAZONの集配センターでも。作業員が倒れてもなかなか救急車を呼んでもらえず、亡くなったという事件がありましたよね。

人間よりも、作業効率優先に考える風潮が悲劇を生んだとしか言いようがない事態ですね。 映画の集配センターでもまさにそれに等しい、いやそれ以上の光景が、展開されて行きます。

母親にしても頑張屋で、介護にも家庭にも全力投球で、特に訪問介護の仕事では、利用者の事を案ずるあまり、時間外無報酬のことまでしてしまいます。

映画は、これらの家族の問題に対し、解決策を暗示することもなく終わってしまうのですが。 私なりに打開策を考えてみたいと思います 。

家族再生への道はあるのか?


まずは末っ子の娘ですが、とにかく親の不在がなによりの苦痛かと、まだ11歳では、親代わりの家事の負担と精神的平安が必要。

特に、両親が忙しさからケンカがちになるのは、そばで見ていて可愛そうになります。

次は、16歳の長男ですが、成績優秀なのに、大学出ても満足な職につけないイギリスの現状からの不満から、学校をさぼりがちになり、ケンカや万引きで親を困らすことも。

映画の中で彼の台詞に、「大学出ても、コールセンターの仕事しかない」と嘆く場面があります。

筆者からすると、まだコールセンターの仕事があると考えるのですが。

確かに、イギリスの現状は、そのように厳しいものだと。

しかるに、現在の日本においても、もうすぐそのようになる気がするのですが。 では、手をこまねいていればいいのか、ではないと考えます。

やはり、学歴というものは、就職には、必要不可欠なものだと、思うのですが。

ただ、大学を出ただけという時代はとうにすぎ、何をして来たか、何ができるのかが、大きく問われるのだろうと。

ですから、16歳の彼は、やはり大学進学とそれと就職に関しては、時節を待つということも必要かと。

もちろん、ただ待つのではではなく、本人が、社会で役立つ力を付ける努力は、必要不可欠なものだと。 それらを含めで、やはり彼にとっても家族といる時間があまりにも少ないというのが、大きな問題のような気がします。

さて、母親はどうでしょう、訪問介護をしていて。利用者のことで、時間外で無報酬で頑張ってしまう。

やりすぎではないでしょうか、日本とイギリスで事情が違うと思いますが、筆者も訪問介護に携わっているものとして、そこまでやると介護者がもたない、というのが感想です。

あくまでも介護サービスであるので、あまり相手に対して感情移入はしません、そうかといってビジネスライクというわけでもないのですが。 あまり、利用者のためばかりに費やすと、きりがないというか擦りきれてしまいます。

ですから、ある程度割りきりが必要かと。でないと長く続かない気がするのですが。

最後に、父親ですが、結論からいうとやはり無理しすぎということになろうかと。

1日14時間週6日労働それも運送業というのは無理なのでは。

それも若ければなんとかなるかもですが、主人公は40歳半ばと思われ、2年でマイホームの夢をと頑張るのですが。

日本でもありますよね、3年で1000万貯金できる某運送会社とか。

40歳半ばというのが難しいところですよね、 マイホームを実現させるには、ギリギリの年齢かと、それにまだ多少の無理がきくので。

そこが落とし穴のよう気がします、それにこの家族には、いままでの少なからずの借金もあります。

自己破産もありかと

筆者は考えます。

日本では、あまりイメージよくありませんが、海外では意外と一般的に行われてると。

もし、この家族が自己破産をするとどうなるか、いままでの借金はなくなり、返済もなくなるので、生活は少しはらくに、ただしローンは組めなくなるので、マイホームはあきらめないと。

でも、このまま行って家庭崩壊するほうが悲しいと。

そう思えるぐらい、家族関係に悪い要素はないんです、家族は仲良いし、子供たちは親思い、両親も子供を愛し、父親も酒に溺れることもなく、暴力を振るうこともない(但し、映画のなかでは一度だけ息子に手をあげる場面があるのですが) 。

となると、自己破産も現実的にありかと。 そうなると、息子の将来の奨学金のローンが組めないなどの弊害がででくるのでしょうか。

しかし、このまま家族の疲弊、崩壊をまねくなら一つの選択肢だとは思うのですが。

ケン・ローチの描くイギリス社会とは

1969年の「ケス」の頃と比べると大きく変わってはいると思いますが。

「家族を想うとき」に描かれるイギリス社会は、世界的にもかなりましな社会に思えるのですが。

社会福祉や教育制度は崩壊しているわけではないし、個人の工夫とかやり様がまだ入り込む余地があるようにおもえてならないのですが。

いかがでしょうか? 最後に、最近のケン・ローチ作品はいささか情に訴えるという感じをうけるのですが。

情に訴えるというと日本的ですよね、でも、情に訴えると、情に流されてしまいます。 そのさじ加減がむずかしいなと、考えさせられた作品でした。

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