映画『フリーソロ』

映画『フリーソロ』のチラシポスター映画館

渋谷アップリンク 見逃した映画2019

2020年1月に渋谷アップリンクで見ました。

この見逃した映画シリーズはいいですね、さすが見逃した映画と銘打っているだけあってはずれがないです。(今のところ)

ということで、今回は『フリーソロ』という山岳ドキュメンタリーを見てまいりました。

題名にあるように、フリーソロとは、ひとつのクライミングスタイルで、ロープや安全装置など一切使わず絶壁を登ります。

ですから、一歩間違えれば転落死亡、よくて大ケガというまさに命を懸けたクライミングです。

その第一人者アレックス・オルノドのフリーソロを追い続けたドキュメンタリー映画です。

何故そんな危険なことをするのか

冒険家と言われる人たちがいますよね。

なんで、命を危険にさらしてまでしないとならないのか問いかけてみたいですね。

以前、冒険家の植村直己(1984年マッキンリーにて消息不明)さんが、何故そんな危険なことに挑むのかと問われたとき。

自分は、あらゆる大自然の過酷な場面を体験してきて、もはやその過酷な場面でしか充実感を得られないのだ、ということをおっしゃっていた。

まさに、その言葉が冒険家という危険に身をさらす人の心情を言い表している気がします。

アレックスも絶壁にしがみつき、わずかな引っ掛かりを見つけては、一歩一歩登ってゆく、ほんの少しでも滑れば、命はない、その一挙手一投足に全神経を集中させる、そして、そこに至るまではただやみくもに登ってゆくのではない、全ての自らの動きを、シュミレーション、下調べ、できることはすべてやってからチャレンジしてゆく。

その集中力は凄まじいものがある。

その命を懸けた中に、彼は充実感・達成感あるいは、勝利感を得るのだろう。

もちろんその為のトレーニングもかかさない。

しかし、フリーソロをやる人は、短命な方が多い。

そうだろうと思う、現役でいる限り、永遠にパーフェクトではありえないのだから。

それは、冒険家の宿命なのだろうか。

中でもこのフリーソロはその傾向が強い気がする。

人生の充実感あるいは、勝利感

人は、それを求めるものだと思います。

しかし、なかなか仕事の中にそれを求めるのは、不可能な人が多いのでは。

アレックスのように、それを生業とす人もいるだろうが。

私の様な凡人は、趣味の中に逃げ込むことでごまかしているようなものです。

きっと、アレックスは充実感と達成感の中でアドレナリン出まくりみたいな時がある様なきがする。

それも、命と引き換えの極めてギリギリの線で。

そこに、彼は充実感と達成感勝利感をえてるのだろう。

私たちだって、日々の生活のなかで、そのようなものをつねに求めてるのではないでしょうか。

ひとそれぞれ、自分にあったものを見つけられるといいですね。

日常生活潜む罠

人は、生活の中に充実感と達成感や勝利感を求めるもの。

それを簡単に提供してくれる場が、あなたの傍にもあるんです。

それは、ギャンブルという罠が。

ギャンブルで、充実感は得られないかもしれませんが、達成感や勝利感を得ることができます。

競馬の予想が、当たって大金を手にしたとき。

あるいは、パチンコで予想していた台にすわり大当たりを引いた時。

アドレナリン出まくりになりますよね。

レベルは違っても、アレックスのフリーソロのように。

ただ違うのは、その勝利感は、偽りの勝利感だということです。

そう、人間の充実感・達成感・勝利感を食い物にするのがギャンブルだと思います。

フリーソロが教えてくれるもの

人生を生きる人間の姿そのものだと思います。

危険に身をさらすのがそうだと言っているのではなくて。

人は、人生に達成感や充実感を求めて生きるものだと。

しかし、常にそれを求めてもままならないのが人生。

休み休みでよいのでは、それが目指せる時もあれば、日々の生活で手一杯の時期もあるのですから。

フリーソロのクライマーの様な短い人生ではないのですから

ただ、「こっちの水は甘いぞ」に気お付けて歩めば。

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