それでもアメリカを目指すメキシコの若者、『息子の面影』あまりにも過酷

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命の危険を冒して、アメリカを目指すメキシコの少年。日本に住んで生活を送ると、そんな考えなどさらさら浮かばない。それはそれで、幸せなんだろうけど。生きてゆくことが切実でなくて、お手軽に人生がおくれてしまうのは、なんか生が凝縮してない気がしてならない。

『息子の面影』に見るメキシコの現実

アメリカを目指して消息を絶った息子を探す母親の物語。

そこには、富める国と貧しい国。

この両国が、隣り合わせにいるという現実。

富める国はアメリカ、貧しき国はメキシコとなるのですが。

アメリカとて格差と競争の厳しい社会。

それでもなおかつ、メキシコの若者は、危険をおかして国境をこえようとする。

それだけ、自国には仕事もなく、夢を持てない現実があるのだろう。

そんなかれらが、命の危険を冒してまでの越境。

その最前線はどうなっているのか。

この作品は、一つのドラマを通して、描き出している。

過酷な現実と裏腹な豊かな自然描写

この作品が成功している理由は、ここにある。

作品の中のメキシコは、私達が普段想像するような殺伐とした砂漠地帯ではない。

緑豊かに、広大で季節感に溢れたその風景描写に驚かされる

だから、そんな中で繰り広げられる厳しい現実が、見事なコントラストとなって迫ってくる。

豊かさを求めて、移動する人々。

つくづく日本はいい国だと思う。

多くを望まなければ、そこそこの生活ができる。

ライフラインも心配を抱くこともないし、社会福祉もそれなりに機能している。

上手くいっているのである。

ただし、未来永劫にわたってとはいかないだろうけど。

命の危険が隣り合わせの生活。

こればかりは、日本ではわからない。

それなりの危険な領分に踏み込んで行けば、わからないですが。

普通の生活を送って行く限り、めったにその危険を感じることはない。

しかし、世界にはそうではない社会が存在する。

息子の面影』はまさにそんな社会が舞台。

アメリカを目指し、消息を絶った息子を必死に探す母親が、切ない

映画だから、どこまでが現実的かはわからないですが。

また、それなりに作られたストーリーであることは、間違いないのですが。

生きてゆくという事に、これだけエネルギーを必要とする社会が存在することは理解できる

つくづく日本は、平和だと。

悲しいほどお手軽な人生が、送れてしまうのだから

映画『息子の面影』公式サイト:https://musuko-no-omokage.jp/#modal

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