映画『ストックホルム・スタイル』に見る、ストックホルム症候群。

映画『ストックホルム・スタイル』のチラシポスター映画館

なぜ人質は、犯人を助けたり、犯人に有利な証言をしたりするのでしょう。映画は1973年に起きた事件を通してそんな心理に至ってしまう姿を映し出します。そこには、簡単には計り知れない人間という生き物の不思議さというものが見えてくるのですが。

何故人質は、犯人に味方したか。

映画のキャッチコピーですが、まさに映画の中身そのものです。

1973年にスウェーデンの首都ストックホルムでおきた銀行襲撃人質事件

この立てこもり事件でおきた、人質達の行動からストックホルム症候群の言葉が生まれました。

犯人の言葉「人質たちは多かれ少なかれ、私の側に立った。時には警察に私が撃たれないよう、守ってもくれた」。

この言葉が示す様に、なぜ人質は、そんな心理状態になってしまうか。

どうか、作品を見て判断してみてください。

映画『ストックホルム・スタイル』の批評

人間とは、実に不可思議な生き物。

ときには、自分の生命をも危険にさらそうという相手に対してなんで好意を抱いてしまうのか。

歴史が示すように、同じような状況は多くあったようです。

1970年「よど号ハイジャック事件」:日本赤軍による航空機ハイジャック事件。

1974年「パトリシア・ハースト事件」:犯行グループに誘拐された女性が、後にその犯行グループと銀行強盗に加わっていたという事件。

などなど、いくつも事例が報告されております。

そのような心理状態をはっきりと一つの心象として捕えたのが、ストックホルムの1973年の事件ですから。

それまでも、多くの事例が多くあったことは、想像できることです。

ユダヤ人の強制収容所の生存者たち。

第二次世界大戦の大きな悲劇のひとつですが。

このヒットラードイツの政策で、強制収容所を生き延びた数少ない生存者の多くが語っている言葉が響いてきます。

収容所の生活は、まさに生きるか死ぬかの瀬戸際の様な毎日だったが、助かって今安全な生活を送っていると、ふと辛い事もおもいだすが、何とも懐かしい思いが湧いてくるのも確かです

人間の感情というのは、複雑なもので、善悪的二元論では決して語れないものです

交渉人(ネゴシエーター)と言う人々

よく、人質事件などで、警察が犯人と交渉するとき、その交渉を専門にする人をネゴシエーター(交渉人)と呼びます。

彼らの基本は、あくまでも人質の解放であったりするのですが。

交渉の中で大事なことは、自分達は相手方(犯人)の味方だと思わせることだそうです。

警察として高圧的に接するのではなく、あくまでも相手の要望を聞き、それを伝える役として微妙な立ち位置を維持することだとのこと。

ストックホルム症候群といい、強制収容所を生き延びたユダヤ人といい、ネゴシエーターといい、人間と言う者の不思議な面を感じないわけにはいかないですね。

それでも罪は罪

当たり前のことですが、いくら罪を犯す者に情状の余地があったとしても。

罪は罪として、その行いが罰せられるということです。

当たり前といえば、当たり前の事なのですが。

今回は、そんなつかみどころのない人間の心理というものに迫ってみてはいかがでしょうか。

人間の心に広がる深淵を覗くことが出来るかもしれませんよ。

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