信仰がなくても生きて行ける数少ない国家日本
と言うと言い過ぎかもしれませんが、日常生活に宗教が及ぼす影響は少ない国といえます。
ほとんどの人は、誰かが亡くなった時にその式次第を執り行う程度の認識ではないでしょうか。
ある種、宗教は怖いもの、危険なものそんな意識の方が多いのでは。
また、信仰なくしても人生が送れてしまうのが日本です。
しかし、そんな国は世界的に稀な国なのです。
信仰と、その対立が起こす悲劇、悲しいかなそれが世界の現実です。
映画『ホテルムンバイ』が伝える事実。
2019年公開のオーストラリア、米、インド合作の作品です。物語は2008年、インドムンバイで実際に起こった、イスラム武装勢力による同時多発テロによる、その中でもタージマハル・ホテルの出来事を中心に描かれております。
今でも、事件の実行者というか黒幕は特定されておりません。
イスラム武装勢力とあるだけどどの勢力なのかは今もって闇の中です。
ここで、テロという概念ですが、それを仕掛ける方にとっては、けっしてテロではないのです、彼らは言います、これは「聖戦」つまり神の為のたたかいである。
私たちは、問いただします、「でも無差別に罪のない人を標的にしているではないか。」
彼らは言います、「戦いに区別はない」
戦争で、犠牲になるのは常に一般市民ですね。
アメリカでも第二次世界大戦では、従軍牧師なるものがいて、戦争を正当化してましたよね。
このやったりやられたりの繰り返しは、昨日今日始まったわけではなく、旧約聖書の時代から延々と続いてるわけで。
では、このムンバイの事件もその延長かというと、今現在真相は解らずで、信仰など関係なくただの利害関係で起きた可能性も否定できません。
となると、戦争とはなんだとなると、そこには正義はなくなることは間違いないですね。
信仰上というのは正当化の手段に使われるだけです。
『お客様は神様です』と言うホテルの従業員
日本でもある演歌歌手が言った「お客様は神様です」と言う言葉がありますが。
言葉だけが一人歩きして、その後の日本に金を払えば皆お客様=神様という感覚が生まれています。
牛丼屋で\380円なりの牛丼にお茶だしたり、水出したり、やれ汁は多めにしろ、少なめにしろ。
いい加減にしろと言いたいですね、サービスは、それに対しての対価を払って初めて要求できるものなのですが。
何か勘違いしてるのが、「お客様は神様です」の実態ですね。
しかし、この映画では、宿泊者を従業員は命を懸けて守ろうとします。
なぜ?、彼らは答えます「お客様は神様です」
人を神と呼ぶことには、多方面から異論が出るところではありますが。
このセリフから読めることは、神という言葉は軽々しく口にしてはいけないという事です。
そして、なおかつ神という言葉を口にするという事は、犠牲になった従業員が多数いる、それだけの覚悟があって発した言葉だということです。
さあ、日本も安全ではないです。
2020年東京オリンピックが行われる日本。
この映画の様な事件が起きる可能性がないとは言えないですね。
さあ、そんなとき我々はどんな態度をとれるでしょうか、自らの立場を世界に示さなければなりません。
国会答弁で、その場さえ言いくるめられればいいんだと言わんばかりの為政者に、世界に対して、自らの立場を明確に示せることが出来るでしょうか。
発する言葉に宗教的意味合いを理解して発言することが出来るでしょうか。
あなたの信仰はと問われて答えることが出来るでしょうか。
それをしないと、世界からの信頼は得られないのですが。
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