『生きているうちが花なのよ死んだらそれまでよ党宣言』国立映画アーカイブス

映画『生きているうちが花なのよ死んだらそれまでよ党宣言』のポスター映画館

東日本大震災の福島原発で、われわれの身近な問題として認識されるようになった原発。3/11の国立映画アーカイブスの「1980年代日本映画ー試行と新生」では、すでに1980年代にその問題に深く切れ込んだ作品があったことに驚き、我が身の認識不足を考えさせられます。

1980年代日本映画ー試行と新生

国立アーカイブス「1980年代日本映画ー試行と新生」の画面

2021年2/16~5/5までの国立アーカイブスの企画で上映されました。https://www.nfaj.go.jp/exhibition/japanese1980s202101/

監督森崎東、主演倍賞美津子、原田芳雄、その他泉谷しげるが出演してます。

するどく「原発」を告発

映画は、倍賞美津子と原田芳雄の悲しい恋物語を中心に、原発で働く「原発ジプシー」と東南アジアから日本に出稼ぎ女性「ジャパユキさん」が描かれております。

原発の問題は、東日本大震災で初めて私達の身近な問題として突き付けられたのですが。

実は、1985年の本作品の中で、もっと鋭く描かれております。

身近でない問題に無関心だったことに、あらためて反省させられます。

私達が置き去りにしてきた問題が、如何に大きなものであるか、気づかされます。

映画『生きているうちが花なのよ死んだらそれまでよ党宣言』のチラシ

いま、考える1980年代とは

現代との大きな違いは、インターネットの普及につきるのでは。

そう思えるほど、現代は、ネット社会

そして、スマホ依存社会であることを考えさせられます。

それは便利で、すでに生活の中に組み込まれて、なくてはならない物になっているのですが。

それがなくても生きて行かれた時代が、懐かしいです。

そこには、人と人のぶつかり合いが視覚化できる社会でしょうか

それは、なんかとても人間らしくて、郷愁漂う画面です。

便利さに振り回される現代を憂う

もう、あのころに戻ることはできないし。

ネット社会と隔絶して我が道を行くというのも、現実的でないといいますか。

おそらく、そこから得られる利益を受け取らずに生活する道を歩もうとは思いません。

しかし、あまりの便利さに依存し、逆に便利さに振り回されるというのも、愚かな話だと思うのですが。

電車をおりてホームを歩きながらスマホに気を取られる人

ほんの僅かな時間も惜しんで、画面に見入って幸せなのでしょうか

でも、そんな光景が今の日本に蔓延してます。

ほどほどに、生活に取り入れよう

人間は、本質的に変わらぬもの。

そんなに急いで日常を送る必要はないのです。

ネット社会の匿名性からくる危険だってあるのです。

生活の中心は、あくまで人間

あたりまえですが、あらためて考えてみましょう。

あくまで、ネットやスマホは使い方を間違うと、本末転倒になるということを忘れずに。

人間生活を楽しく豊かにする物の一手段だととらえるべきだと思います。

1980年代の映画作品を振り返って鑑賞してみると、つくづくそう考えさせられます。

国立映画アーカイブのスクリーン
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