時間を贅沢にゆったりと過ごす。かつての日本には、そんな生活習慣があったはずですが、あまりにも世の中に振り回されすぎてませんか。人間には人間にあった時間の過ごし方があるはず、せわしない都会の生活でもちょっと見方を変えて、別の空間で過ごしませんか。
ライブで味わう贅沢さ
友人を誘って、土曜日の夜18:45~約2時間の寄席。
料金も電話で予約するだけで、\1500とお手軽。
こんな料金でいいのだろうかおと思いつつ、なんか得した気分で寄席へ。
なんと、観客は私達を含めて4人。
出演者のほうが多いという、なんとも寂しい雰囲気でした。
なんか、演者の方達に申し訳なくて。
でも、これが今の落語会の現状なのでしょうか。
人気の落語家は、ホール落語の独演会で、結構な料金にもかかわらず完売なんてこともざらと聞くのですが。
また、落語芸術協会の成金なるグループ、二つ目の時に結成して、ほぼ多くが真打昇進して解散したのですが。
その面々も、神田伯山を皮切りに桂宮治、柳亭小痴楽等々、人気の面々ありと、活気を感じるのですが。
そこは、人気商売、趣味の多様化も相まって、どの寄席も満員とはいかない厳しい現実が。
寄席と言う響きのもたらす、温かみ。
明治期には、東京に100件の寄席があったとか。
電気がつくのが、明治20年ごろですから、夕方からの庶民の楽しみは、寄席ぐらいしかなかったと。
みな、提灯をもって寄席通いなんて時代だったんでしょう。
三遊亭圓朝がでるときは、木戸銭(入場料)が高かったとか。
想像してください、ロウソクの灯の下で聞く、三遊亭圓朝の怪談話。
さぞ、怖かっただろうなと。
帰り道など、恐る恐る気味悪かったのではないかと。
実力者のホール落語も悪くはないですが。
やはり、寄席と言う肩の凝らない空間がなんとも恋しいですね。
現代で、お手軽に寄席を楽しみたい。
そんな時は、上野広小路亭の夜席など最適ですねhttp://ntgp.co.jp/engei/ueno/。
あるいは、東京のほかの寄席の夜の部中入り後の割引料金なんてのも嬉しいですね。
手軽に、伝統の話芸を楽しむ。
贅沢な時間の過ごし方だと思うのですが。
忙しい現代人には、いいお薬だと思うのですが。
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